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2008年10月分


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2008/10/30


 昨日はたくさんのお客さまありがとうございました!


1曲めの濱田さんのハープシコードは品格が高く美しい演奏だった。

僕の大好きなベートーヴェンの8番はオーケストラが生命力に溢れる。関西フィルの真骨頂だ。


そしてブラームスの 「二重協奏曲」 は関西フィルの若い2人、コンマスの岩谷君とチェロ首席の向井君が素晴らしい演奏をしてくれた!関西フィルも力強くサポート。


僕は関西フィルの仲間として彼らを誇りに思うし、昨日のコンサートは関西フィルと9年間コンサートをしてきて最も嬉しいコンサートの一つになった。


ソリストの方達、関西フィルの皆さんありがとうございました!


 今日はこれから宮崎県の都城に移動して明日は久しぶりの東京都交響楽団と現地でリハーサルして明後日がコンサート。都城でコンサートははじめてなのですごく楽しみだ。


それでは皆さんコンサートでお会いしましょう!


ブラームスの協奏曲でソリストを務めた
岩谷さん(右)と向井さん(左)

PS 昨日は 「二重協奏曲」 が大好きな親父がわざわざ東京から聴きに来てすごく良かったと喜んでいた。

ところで音楽好きの親父はコンサートによく行くが、必ず居眠りをする。親父曰くそれが最高の贅沢らしい。

昨日も前半で居眠りをしたら、隣に座っていた見知らぬおばさまに肘でどつかれたそうだ。 そのおばさまの演奏後の拍手の様子からして熱狂的な関西フィル&藤岡ファンだったらしく、親父はさすが関西は熱いといたく感心してた。

いやはや・・・・・・ありがたいことです。


    藤岡 幸夫

※10/29公演のevent reportはこちら
2008/10/28


 ベートーヴェン 交響曲第8番 の話


 以前 「第九」 の話をしたときに ベートーヴェン の 「不滅の恋人」 について書いたけど、 それは 「第九」 にとってあくまでも一つの要因に過ぎない。
 ※以前のお手紙(2008/10/4)はこちら

しかしこの交響曲8番に関しては 「不滅の恋人」 との思い出が詰まった個人的な曲だ。


「不滅の恋人」 とは ベートーヴェン の死後に発見された熱烈なラブレターの中で ベートーヴェン が書いた相手に対する呼び名で、 今だに誰なのかは確定していないが最近の研究では アントニーア・ブレンターノ夫人 であるというのが通説になってる (不滅の恋人は夫のいる夫人だったため ベートーヴェン の死後も秘密が徹底して守られたのだ)。


1812年の7月にその恋人と秘密でボヘミアに温泉旅行をするがその時の思い出が詰まってるのが "8番"だ。

その旅行の前後で、恋人が妊娠したことを知らされ、その喜びに溢れて書かれたのが1楽章と言われる。

イギリスに留学して ベートーヴェン に隠し子がいたという話を聞いたときは腰を抜かしそうになったが、ベートーヴェン は恋人とイギリスに移住することまで考えていたらしい。


喜びに溢れる生命力いっぱいの1楽章。ベートーヴェン の人生で最も幸せだったときの音楽だ。

続いて2楽章もまるで恋人と散歩してるようにうきうきしてる。
専門的な話になるが同じ8分音符や16分音符の音の長さを短くしたり長くしたりして、効果的にその気分を表現してる。

3楽章のトリオでは2人にとって思い出のメロディをホルンが奏でる。
そのメロディは ベートーヴェン のスケッチ帳には郵便馬車のぎょ者のポストホルンのメロディと但し書きがつけられている。


ベートーヴェン は彼女とボヘミアでおちあう前に毎日手紙でやりとりをしていたが、このポストホルンのメロディを聞くたびに彼女から手紙が来た! とわくわくしてたのかも知れないし(あたり前だけど、当時は電話もなく手紙が唯一の連絡手段だったのだ!)、 そして2人で散歩してるときに何度も耳にしたメロディかもしれない。


4楽章はまるで何か急いでるようだ。
ボヘミアで恋人とおちあうために急いで馬車を走らせてる様子かも知れない。


ベートーヴェンはこの温泉旅行の直後リンツで"8番"を完成させるが、その間に突然2人は破局する。ベートーヴェンは絶望的な言葉を日記に書き残している。


4楽章の後半で、音楽が不安気に進行した後、強烈な和声進行と苛立ちのように音楽が発展し最後は聞き方によってはやけくそのように終わるのは その破局が原因なのかもしれない。


この"8番"はもちろん純粋に音楽的な素晴らしい要素でいっぱいだが
ベートーヴェンの個人的な想いが最も詰まってる交響曲であるのもまた事実だろう。


「第九」 を書き上げた後も、ベートーヴェンは自分が一番好きなのは"8番"と言っていたし
この"8番"だけは誰にも献呈していない。

いずみホールシリーズ Vol.13
関西フィルハーモニー管弦楽団
TEL:06-6577-1381

また交響曲完成後もベートーヴェンは珍しくまったく初演をしようとしなかった。
それはこの 8番 は人に聞かせるために作曲したのではないということだ。


関西フィルとの"8番"は初めてなのですごく楽しみだ。

 明日は関西出身で日本を代表するの 濱田 あやさん のチェンバロでバッハの協奏曲、後半は先日書いた ブラームスの二重協奏曲を関西フィルの素晴らしい才能の2人、コンサートマスターの岩谷君とチェロ首席の向井君が独奏する。


 それでは皆さんいずみホール定期でお会いしましょう!



    藤岡 幸夫



 「不滅の恋人」? アントニーア・ブレンターノ (1780-1869)
ブレンターノ夫妻とベートーヴェン(39歳)が出会ったのは1810年。
夫フランツはフランクフルトの銀行家でベートーヴェンの経済的後援者となった。ベートーヴェンはブレンターノ家を度々訪れ家族と過ごし、 時には病気がちで伏せる事の多かったアントニーアを隣室からピアノを奏で慰めることも。オーストリア伯爵家の一人娘アントニーアが、 イタリア系豪商の家に嫁ぐも家に馴染めず、また夫は仕事に忙しく家を開けがちで心を病んでいたと言われている。
 ベートーヴェンの晩年の傑作と言われる、ピアノソナタ第30番〜32番はアントニーア献呈するために書かれたとも言われ、30番(1820)は娘マキシミリアーネに献呈されている。
 詳しくは、ベートーベン研究家の 青木やよひさん の論文 を御参照下さい。  <管理人>
2008/10/27


 昨日のサントリーホールの慶応150周年記念の 「復活」 皆さんありがとうございました! 


吉松さんの新作の 「大学祝典序曲EX」 は慶応の 「塾歌」や「若き血」 をちらりと入れるセンスが抜群。爽やかで青春の匂いがする素敵な曲だった。

オーケストラもすごく若々しさが出てた。

後半はマーラーの交響曲2番 「復活」


美しいソロを歌ってくださったソプラノの 佐藤 美枝子さん、アルトの 小川 明子さん、それから卒業生主体の大合唱団は思ってたよりずっとレヴェルが高くさすが慶応と嬉しかったです。特に男性合唱の素晴らしさには内心は舌をまいてた。

 皆さんありがとうございました!

 そして慶応ワグネルのみんな!!よく頑張った!期待以上の出来だったし、僕はみんなのことを誇りに思います。2、3楽章をあそこまで表現できたのが最高だった。僕たちのテーマ、お互いの演奏を愛し合うことが出来てたね!


1年の頃から知ってる学生もいてみんなの成長ぶりに感動しました。


 来月8日の150周年記念式典でまたワグネルのオーケストラと合唱団と共演できるのを楽しみにしてます。 


 今は新幹線で大阪に向かってるとこ。

へとへとでこれからリハーサルだけど、こうやって音楽に浸れるのは幸せだと思ってる。


今日から ベートーヴェン と ブラームス と バッハ の3大Bの世界に集中します。
@


 それでは皆さん29日のいずみホールでお会いしましょう!



    藤岡 幸夫


2008/10/24


 今大阪にいる。
<拡大写真はこちら>

昨日は 関西フィル のホルンのオーディションで夜はブラームスの「二重協奏曲」のソリスト合わせ。

二人 (コンサートマスター 岩谷君、チェロ首席 向井君) の情熱がぶつかりあっていい感じになってた。でもなんといってもこの二人の良さは情熱的な一方ですごく繊細なことだ。
来週29日の本番がすごく楽しみ。


 明後日の日曜日はサントリーホールで慶応150周年記念でマーラーの 「復活」 。

とにかくこのマーラーの2番は体力がいる。それにみんなめっちゃ若くて元気。彼らの若さには絶対負けたくないので昨日も独りで焼き肉に行った。


ところで初めて 慶応ワグネル(オーケストラ)を指揮したのが10年くらい前だった。リハーサル後にみんなとよく飲み会をするのだけど、必ず恋愛の話題になる。

当然のことながら恋愛経験豊富な僕に指南を求める可愛い後輩君が現れる。

僕のアドバイスを受けるとよく後輩君たちは 「さっちーさん!ありがとうございます!兄貴って呼んでいいっすか!?」 とか言ってくれて僕もいい気持ちをしたもんだが、最近はちょっと違う ・・・・・

「さっちーさん! ありがとうございます! パパって呼ばせてください!」


 ・・・・・・・・ かなりショックだった ・・・・・


    藤岡 幸夫


2008/10/21


 ブラームス 「二重協奏曲」 の話


 このところ26日のマーラーの 「復活」 にどっぷり浸かってたが、その合間に29日の 関西フィル のいずみホール定期の勉強。

いずみホールシリーズ Vol.13
関西フィルハーモニー管弦楽団
TEL:06-6577-1381
@

26日の マーラー は壮大な世界、29日前半の ベートーヴェンの 8番 はなんといっても彼の人生で最も幸せだった、恋人とボヘミアで過ごした1ヶ月の思い出が詰まっててテンションが高い (この話しは次回します) 。

そんな中で今日は ブラームス の 「二重協奏曲」 のスコアを読んでてその優しさと温かさに癒される。


この曲は当時仲が悪くなってしまったヴァイオリニスト ヨアヒムと和解する役割を果たした曲だが、ヴァイオリンとチェロのソロは時にまるで ヨアヒム と ブラームス のようだ。

ブラームスが最後に書いた管弦楽作品の傑作だ。


ただこの曲は演奏によっては一辺倒でつまらないものになり易い。

ソリスト2人のバランス、オーケストラとのバランス、特に1、3楽章で出てくる副主題や第2主題でドルチェと指定のあるテーマを転調を生かしながらどこまで美しく表現できるか ・・・・・

交響曲的要素が強く、テンポ、ダイナミックの幅をいっぱいに使って (作為的にならない範囲で) どこまで表現できるか ・・・・・。

オーケストラも音色、音程で勝負が決まる。

2楽章の美しさ、優しさは絶品で ブラームス の作品の中で最も好きな音楽の一つ。

29日のソロは 関西フィル の将来を担うコンサートマスターの岩谷君とチェロ首席の向井君。この若い二人がどんな演奏を聴かせてくれるか今から楽しみだ。


それではコンサートでお会いしましょう!


PS チャイコフスキーは当時 ブラームス 嫌いで、彼の作品はつまらないと常々言っていたが、ブラームス の指揮の演奏でこの二重協奏曲を聴いたときも日記に 「退屈だった ・・・」 と記してる (僕はきっと演奏が良くなかったのだろうと思ってる) 。

ところでこの翌年チャイコフスキーは自作の交響曲5番を指揮しにハンブルグに来ててその時ブラームスも同じホテルに泊まってた。ブラームスは自作の4番を指揮しに来てたのだ。

ブラームスはわざわざ滞在を延ばして チャイコフスキー の5番を聴いて、そのコンサート後に チャイコフスキー と食事をして大いに飲んだそうだ。

ブラームスは素直に 「4楽章の最後以外は素晴らしい」 と感想を伝えた。

チャイコフスキーはというと自分の弟宛ての手紙でいかにその日が楽しかったかを伝え、ブラームスは素晴らしい人物で大好きだと伝え、さらに自分も実は自分の交響曲の5番の最後は嫌いなのだと書いている。

あれほどブラームスを嫌ってたのにチャイコフスキーも人の子、なんとも微笑ましい。


    藤岡 幸夫



ヨーゼフ・ヨアヒム
 ヨーゼフ・ヨアヒム(Joseph Joachim 1831-1907)
19世紀後半ヨーロッパで最も偉大なヴァイオリニスト。幼少より神童と呼ばれ、12歳でメンデルスゾーン創設の"ライプチヒ音楽院”への入学を目指したが、メンデルスゾーンにその必要が無いと言わしめた大天才。この後メンデルスゾーンに師事した。
 22歳演奏会でピアノ伴奏を務めたブラームス(19歳)と出会い、その親交は生涯続いた。しかし、彼の妻アマーリエ・ヴァイス(オペラ歌手)とフリッツ・ジムロック(ブラームスの楽譜の出版者)の仲を疑い、ジムロックを擁護する手紙をブラームスが送ったことから仲が悪化。修復するのに数年を要した。   <管理人>
2008/10/14


 マーラー交響曲2番 「復活」 の想い出

 今月の26日 (サントリーホール)に慶応義塾150周年で マーラーの2番 「復活」 を取り上げる
昨日は1時から9時までリハーサルでさすがにバテた。
オーケストラ (慶応ワグネル) のレベルはすごく高いので本番がすごく楽しみ。


 ところでこの マーラーの2番 には想い出がある。


 イギリスの王立音楽大学に留学して3年めの1993年の4月、僕がこの マーラーの2番 のリハーサルを (本番を振る指揮者の代わりに) 指揮することになった。

 オーケストラはBBCフィルで、 ロシアの名指揮者 ロジェストヴェンスキー (リハーサル嫌いで知られる) がリハーサル3日間のうち2日もキャンセルしたので僕にリハーサルするチャンスがまわってきたのだ。

当時のBBCフィルは若い指揮者にとってすごく怖いオーケストラとして有名で、ぼくもリハーサル見学で若い指揮者が血祭りに上げられてるのを何度もみてたし、なんせ一度暴れだすととにかく行儀が悪く (フーリガンの国らしく) 手がつけられない。


当時の僕は大学では奨学金特待生に選ばれたり、コンクールで賞をもらったりと自信はつけていたけど、イギリスのプロのオーケストラは指揮したことがまだ無かったし、正直いってこのリハーサルの話しがきたときは死刑台に行く気分だった。



それにマーラーの2番は大曲で難しい。僕は当時イギリスのウェールズにいた 尾高 忠明 先生のお宅におしかけて振り方を教えていただいたりして、とにかく4週間朝から晩までマーラーに没頭した。


リハーサル数日前からは何も食べられず、前日の夜も一睡もできずいよいよリハーサル当日。
いつ胃が飛び出してきてもおかしくない状態でリハーサルするスタジオに向かった。
この時僕の唇は真っ青だったらしい。

指揮者室では膝がガクガクしはじめて真剣に逃げ出そうかと迷ったくらいだ。


いよいよリハーサルスタジオに入るとき突然自分の中で何かが無意識に変わったのをよく覚えてる。
なんというか戦闘的になった。やけくそで開きなおったのかも知れない。
今まで知らなかった自分だった。

オーケストラマネージャーに紹介されて指揮台に立ったときは膝の震えがピタリと止まってた。


無我夢中でリハーサルをして最初の90分が終わって休憩に入るとき、団員さんたちがブラボーと言いながら手を叩いてくれた。


生まれて初めて
「俺は指揮者になれる!!」 と思えた瞬間だった ・・・・・

@

その年の冬には定期演奏会でデビューさせてもらって、オーケストラが僕のために新しく副指揮者のポジションをつくってくれて僕は翌年から副指揮者としてたくさんのチャンスをもらうことができた。 


今回久しぶりに マーラー2番 を勉強し始めたときは、どうしてもこの曲のスコアを読んでるとあの頃の自分の想い出が重なってしまい、これはコンサートのためには良くないことだったのだけど、今ようやくマーラーの世界に集中できるようになってきた。 


当たり前のことだがあの頃の自分のマーラーと全然違う。

 26日の本番がすごく楽しみだ。 


PS1 ロジェストヴェンスキーはとにかくリハーサル嫌いで有名だが、とにかく彼 のバトンテクニックはすごい。 棒でなんでも出来ちゃうからリハーサル中に全然喋らない。 このマーラーの2番のとき初めて彼のリハーサルを見たけど、びっくりした。 リハーサル始まってから暫くたってようやく彼が何か言葉を言おうとした。 みんなが耳を済まし静寂する。 すると彼は一言 「ブレイク(休憩) ・・・・・。」つまり彼は90分間リハーサルで一言もしゃべらなかったのだ。

ロジェストヴェンスキーはありがたいことに僕を気に入ってくれて、以後BBCフィルにくるときはリハーサルをキャンセルしまくって僕が代役でリハーサルさせられた。



    藤岡 幸夫


2008/10/12


 実は僕は飛行機が嫌いだ。
美しいスチュワーデスさん (今はこう呼ばないのだっけ?) がいるのは嬉しいが、僕は子供の頃から鼻がわるくて気圧の関係ですぐ耳が痛くなる。飛行機降りてから毎回必死に耳抜きをする。


一昨日は一番恐れてた事態が起きた。飛行機を降りてから全く左耳が聴こえなくなった。
夜はリハーサルなのに家に戻っても全く治る様子がない。


慌てて耳鼻科に行くと航空性中耳炎で暫く治らないと言われそれこそ泣きそうになった。


左耳が聞えないままリハーサルをしたけどこんなに悲しいことはなかった。こんなのが一生続いたら気が狂う。ベートーヴェンの偉大さを身を持って感じた。 

結局治らないまま一晩たって昨日の朝目を覚ますと、ちゃんと治ってた。
飛び上がって喜んだ。


昨日は今月26日に指揮するマーラーの 「復活」 の合唱リハーサル。僕が高校1年の頃、自分でオーケストラを編成して高校の楽友会 (合唱部の名前) と毎年クリスマスの時期にコンサートしてたのだけど、その時のメンバー何人かと30年ぶりの再会をした。懐かしかった!


本当なら今月はスペインのテネリーフでオペラ振ってるはずだったけど資金不足で延期になった。
(来年のスペインでのシュトラウスの 「アリアドネ」 はシーズンオープニングで必ず振りに行きます)
マネージャーから今年のスペインはキャンセルと言われたときは頭に来てたけど、おかげで山形の天童に行けたし、22年ぶりに練馬交響楽団とコンサートすることになり、慶応ワグネルのマーラーの 「復活」 では合唱で高校時代の同級生に30年ぶりの再会ができた。

谷中銀座商店街を背景に
「夕やけだんだん」の上から
2000年大晦日


今日は本当に久しぶりに日曜日のオフ。
昼間は近所の谷中のお祭りでカミさんのフラダンスを見にいく ・・・・・


 たまにはのんびりしてきますわ。


    藤岡 幸夫


2008/10/10


 昨日から1泊で鳥取に行って来た。
関西フィル のメインスポンサーのダイキン工業が素晴らしい社員用の施設を建ててそのお披露目。海岸線に建てられた美しいガラス張りの建物はまるで豪華ホテル。温泉まで楽しめる。

海が目の前に拡がるガラス張りのロビーはそのままコンサートホールとしても使えて、ピアニストの児玉桃さんがお披露目コンサート。素晴らしいメシアンだった。メシアンが好きになる。

部屋から見える海の眺め

今朝は朝一番で露天風呂に入って、海の景色が最高の部屋でゆっくり昼まで勉強。

テラスに出ると静かで、潮の香りと緑の匂いに虫の声。
癒された ・・・。


ここでは時間の進み方が緩やかだ。



夕方に東京に戻って夜は練馬交響楽団と初リハーサル。
22年前に僕が松尾葉子先生のアシスタントでよくリハーサルを指揮しに行った社会人オーケストラ。僕が生まれて初めて指揮をしてお金をもらったオーケストラだ。 (リハーサルだけで本番は振らせてもらえなかった) 指揮台に立つのはあの時以来。

なんとリハーサル室も22年前と全く同じで、あの頃いた団員さんも結構いてすごく懐かしかった。


まるでタイムスリップしてしまったよう。22年間なんてあっという間だと痛感する ・・・。


 本番がどうなるか楽しみ。


    藤岡 幸夫



2008/10/09


 昨日は日本を代表する作曲家でもありシンセサイザープレイヤーでもある 冨田 勲 さんと初めてお会いして美味しい料理と最高の日本酒をご馳走になった。楽しかった!


なんてたって 冨田 勲 さんと言えば僕が中学生の頃に世界中で超大ヒットを飛ばしたシンセサイザーの一連のシリーズ 「惑星」 や 「展覧会の絵」 、 「火の鳥」 「月の光」 だ!

(これらのシリーズはクラシックにも関わらずアメリカでビルボードのチャートで1位を取るなどもの凄いヒットを飛ばした。スティービーワンダーやマイケルジャクソンも冨田さんの大ファンで有名だ)

「惑星」(1977)  ビルボード
クラシック チャート第1位獲得
BMG JAPAN(ASIN: B000VI6KWS)

当時の僕にとって 「惑星」 と言えばホルストではなく 冨田 勲 だった。

お小遣いを貯めて 「惑星」 を買って聴いたときの興奮は今でも忘れない ・・・。

CDになってからすぐ買いなおしたけど今でもめっちゃ新鮮でワクワクする。

あの有名な ジュピター(木星) のメロディを初めて耳にしたのも 冨田さん のアルバムだった。とにかく音の向こうに大宇宙が拡がる素晴らしい世界。聴いたことない人には是非とも聴いて欲しい!


ところで 冨田さん は僕の高校、大学の先輩で、来月 冨田さんの新曲の初演を僕が指揮する。凄いスケールの世界が拡がりそうですごく楽しみ。

シンセサイザーは今では珍しくない楽器になってしまった。近年の冨田さんは本来のオーケストラの作曲に戻られてるようで、是非ともこれからまたいろいろな形でご一緒したい。


70歳を越える 冨田さん はとても穏やかで謙虚な方だったけど、眼鏡の向こうで光る瞳は少年のように輝いていた。


 またお会いできるのが楽しみだ!


    藤岡 幸夫




 1970年代の世界的な大ヒット 「月の光」 「展覧会の絵」 「火の鳥」 「惑星」のイメージから、 冨田勲氏と言えば ”シンセサイザー奏者” と思われがちだが、管弦楽の作曲家としての功績も大きい。テレビ、ドラマ、映画音楽も多数手掛け、 古くは手塚治のTVアニメ 「ジャングル大帝」や「リボンの騎士」、最近では山田洋二監督の 「たそがれ清兵衛」や「武士の一分」 の音楽を担当されています。
 ※冨田氏のプロフィール ※冨田氏公式サイト(試聴可能)はこちら。 <管理人>
2008/10/07


このところずっと移動かリハーサルか本番が続いてて、今日はやっと東京で一日オフ。

ゆっくり勉強して、夜かみさんが仕事から戻ってきてかみさんが見たいというテレビに付き合う。


普段はテレビを全然見ないが久しぶりに一杯やりながらリラックス。


番組の名前はその名も 「誰も知らない泣ける歌」

僕としては久しぶりの我が家での夫婦の時間としてかみさんに付き合ってるだけで、
「泣くわけないだろ・・・!」 と思いながら観てたけど、なかなかどうして・・・・・・


音楽っていうより、言葉の力ってすごい・・・・・・


涙腺が結構緩んでしまい・・・これではテレビプロデューサーの思う壺・・・?

これってフジオカ的にどうなんだろ・・・・・・


    藤岡 幸夫


2008/10/06


 昨日は山形の天童で市制50周年記念の 「第九」 。すごく盛り上がったね。

 170人の合唱団はこの1ヶ月でみるみると良くなって驚いた。また、 第九合唱団 としては男性団員さんたちのレヴェルが高かった。
天童のホールの音響もびっくりするくらい素晴らしく、今回はこのコンサートのために集まった合唱団だけど是非ともこの合唱団は継続するべきだ。 それに天童の人達はみんなめっちゃ明るい! 

ソリストの皆さんスタッフの皆さんありがとうございました!


そして去年も感じたけど山響の演奏はとにかく生命力に溢れ集中力が素晴らしい。
親友の飯森君がシェフになってからすごい上昇気流に乗ってるオケだと肌で感じる演奏だった。

ありがとうございました!


今回はリハーサル2日間ベートーヴェンにどっぷりで、本番後は久しぶりにぐったり。

滞在した天童は将棋の駒造りが有名な温泉街で、食べ物も美味しく景色も最高!
何より街の人達が明くて温かい。

息抜きによく散歩をしたけど、山の姿が優しくて癒された。
そして今年最初の金木犀の香りを楽しんだ。


@

今、朝一番の新幹線で東京へ向かってる。
帰ったら夜は慶応ワグネルと マーラー2番 のリハーサル。
若さをもらってきます。


PS それにしても 「第九」 は何度振っても難しい。4楽章にたどりつくまでが大変。「 第九」 を初めて振った頃は全然うまくいかなくて真剣に指揮者やめようかと悩んだ。多分 「第九」 には一生悩み続けるのかもしれない。


    藤岡 幸夫


2008/10/04


   ベートーヴェン 「第九交響曲」 の話・・・その1


 ベートーヴェンの 「第九」 と言えば日本では12月だけど今週の日曜日は山形県天童市の市制50周年で 「第九」 を振る。

昨日新幹線に乗るために上野駅の恐ろしく深くて長いエスカレーターに乗りながら20数年前のことを思い出した。


僕は当時は故渡邉暁雄先生の内弟子で、先生が上野から新幹線で大宮に 「第九」 の合唱団練習行くとき僕はカバン持ちで先生について行った。

発車時間ギリギリで僕は長いエスカレーターをかけ降りて車両を確認しようとすると先生が 「サッチーノ、そんなに慌てなくて大丈夫だよ」 と笑いながら僕に声をかけて下さった先生の笑顔がすごく懐かしい。


暁雄先生は初めて僕に第九のレッスンをしたときに、 「第九はシラーの詩にベートーヴェンが音楽をつけたのだけど、実はこれはシラーの言葉を並べ替えたベートーヴェンの詩なんだよ。」 目から鱗だった ・・・ 


実際に勉強してみると、ベートーヴェンはシラーの詩を割愛したり並べ替えをして自分の言いたいことを主張してる。


暁雄先生は最初のレッスンに僕に宿題を残した。 「なんの言葉が一番多く使われてるか調べてごらん?」


「Bruder (兄弟) 」 と言う言葉が多くまた 「Tochter (娘) 」 という言葉が大切に使われていることに気づく。 

当時はそれほど話題になっていなかったが、今では第九はベートーヴェンの 「不滅の恋人」 (ベートーヴェンの死後に発見された熱烈なラブレターからその存在が明らかに。 未だに誰なのかは特定されてないが、二人の有力候補がいる) の存在が大きく影響しているといわれてるが、僕も本当にそう思う。


ベートーヴェンは家族愛に恵まれなかったことから第九には 「兄弟よ!」 という言葉を多用することで、彼の家族への憧れを強く感じると同時に、 「不滅の恋人」 を 「娘」 や 「天使」 に置き換えて 「不滅の恋人」 への想いを強く現していると感じる。


第九が作曲されるより11年前、 「不滅の恋人」 との辛い別れをした年とされる1812年のメモの中に 「歓喜、神々の美しい火花、娘の序曲を仕上げること」 というメモが見つかっているが、このメモからもシラーの詩の中の 「娘」 と言う言葉がいかに重要だったかわかる。ちなみにシラーのオリジナルの詩は 「娘」 という言葉はそれほど重要とは言えない。


ベートーヴェンはシラーの言葉を使って 「楽土の娘が魔力でこの世が引き裂いた者を結んでくれる」 と何度も強調するが、 それはシラーのオリジナルの詩が意図するところとは違うのだ。

特に最終楽章の後半で (767小節) 、ソロが 「Freude tochter aus Elysium (歓喜よ、楽土から来た娘よ!) 」 と歌った後にもう一度 (777小節) 今度は最初の 「Freude (歓喜) 」 を 「tochter (娘) 」 に置き換えて 「tochter tochter aus Elysium 」 と 「娘」 と言う言葉を2度強調する。 (従来の演奏の多くは、これはスコアの印刷間違いとされて 「娘」 に置き換えないで歌われることが多い) 。



いずれにせよ、ここまでくるとシラーの詩はほとんど関係ない。ベートーヴェンがいかにこの 「娘」 という言葉を大切にしていたか分かる。


また最後のクライマックスでも合唱がテンポを落としてこの 「娘よ!」 という言葉を叫ぶ (915小節) 。 


実際この 「不滅の恋人」 が誰だったのかは我々にとってあまり重要ではないが ・・・
やっぱり気になる。


世界的な権威であるベートーヴェン研究者の 青木やよひ 女史の 「アントーニア」 説が最も説得力があるが ・・・

第九を指揮してると 「ヨゼフィーネ」 説を信じてしまう ・・・

何故ならば、第九を作曲していたときにヨゼフィーネは天国にいて、アントーニアは生きていた ・・・


「天上の楽土から来た娘」 という言葉や、 「天使」 と言う言葉が明らかに 「不滅の恋人」 に重ね合わせられてると僕には感じるので、 どうしても生きていた女性より天国にいる女性を想像してしまう ・・・・・


またあの第3楽章の美しい旋律は 「ヨゼフィーネ」 が死んだ1821年にスケッチされたとも言われてる ・・・・・

第3楽章の後半はまるで恋人と夢の中で踊っているようだ ・・・・・


50歳頃(1820)
「第九」を作曲
していた頃。

ちなみにどちらの女性とも不倫関係にあり、 (だからベートーヴェンや周りの人たちが秘密を守り未だに恋人が特定できない) ヨゼフィーネとの間に子供がいたことは確証されている。


いずれにせよベートーヴェンの不滅の恋人に対する想いやいかに!! ・・・だ。これは第九だけに限らず、最後の3大ピアノソナタにも大きく影響している。


とにかく第九を語りはじめたらきりがない ・・・。
4楽章にたどりつくまでの1、2、3楽章が本当に大変。凄い曲だ ・・・。



そうそう、今月末(10/29)には 関西フィル と 8番 を演奏するが、ベートーヴェンが個人的に最も大切にしていたと言われる交響曲で 「不滅の恋人」 との幸せな想い出に満ち溢れてる。8番の話はまたします。

山響に来るとまるでヨーロッパにいると錯覚してしまいそう。手前のレンガの建物で山形交響楽団は練習する。
内部もまるでヨーロッパのホールのよう
@

まずは山形交響楽団と天童市の合唱団との日曜日 (10/5) の第九! 山響とのリハーサル時間もたっぷり2日間あってやりがいがある。 昨日のリハーサルも時間いっぱい練習してヘトヘトになったけどとにかく新鮮なのが山響の魅力! そして合唱団もこの1ヶ月ですごく良くなった! 


日曜日お楽しみに!



PS 今回はこんな文章を書いたけど 「不滅の恋人」 の話は第九にとって大きな要因の一つに過ぎないし、それが誰だろうとあまり我々には関係ない。 第九交響曲は他にもたくさんのあらゆる意味の要素が詰まってるすごい作品で、指揮するのがすごく難しい。また指揮するたびに発見がある。 第九をこんなに演奏するのは日本だけだけど、おかげでこの大傑作を何度も指揮することができる。ありがたいことだと思っている。


    藤岡 幸夫


2008/10/02


 オーギュスタン・デュメイの 関西フィル 首席客演指揮者就任のお披露目コンサート 
(9/30 Meet The Classic in Kobe Vol.10) に行って来た。


デュメイは例えばベルリンフィルの演奏会では常連のスーパーワールドクラスのヴァイオリニスト&指揮者だ。彼が本気で 関西フィル と付き合ってくれるなんて夢のような話しだ! これも西濱事務局長の熱意にデュメイが心を打たれ、また以前に客演したとき 関西フィル に大きな可能性を感じてくれたのだそうだ。

コンサートの前半では弾き振りでモーツァルト。彼のヴァイオリンの美しさには鳥肌がたった。そして 関西フィル から素晴らしい音色を引き出していた。


そして衝撃的なベートーヴェン!! 彼は 「田園」 を指揮したんだけど、僕はベートーヴェンの交響曲でこんなに強烈なショックを受けたのは初めて!

古楽のスタイルは全く取り入れていないが、その斬新さはセンセーショナルだった。

そして 関西フィル もよくデュメイの強烈な個性についていって素晴らしい演奏だった。


とにかく デュメイ の 関西フィル に対する入れ込みようには本当に感激! 3日間のリハーサルで午前中は朝から 関西フィル のプレイヤーとの室内楽や室内楽の指導、午後は最初の2日間、管楽器と弦楽器を分けてのセクションリハーサル。

デュメイ氏は 10/8 第206回定期演
奏会にソリストとして出演されます

デュメイは計り知れないことを 関西フィル に残してくれたし、これからのアイディアもたくさんあって本当に楽しみだ!

そして何より人柄が素晴らしい。


今回のコンサートを聴き逃した方は是非とも次回は聴いて欲しいです!


それにしてもこんなベートーヴェンが可能だったなんて ・・・・・デュメイ だから許される凄い個性だった ・・・・・


    藤岡 幸夫


2008/10/01


 みなさんこんばんは。


 まずは先週のいずみホールのチャリティーコンサート

指揮するのは 今年で6年めだけど年々お客さんと親近感が育まれて本当に温かいコンサート。毎年楽しみにしてる。ソリストの 辻井 伸行君 もまだ20歳だけど素晴らしい才能! 関西フィル も生き生きとしてた。皆さんありがとうございました。


 そして日曜日はオペラシティでの東フィルとの京王音楽祭

今回のテーマはプッチーニ。とにかくオペラが得意の東フィルはよく歌う。やっぱりオペラをやってるオーケストラは一味違う素敵な演奏だった。そして素晴らしいソリストの皆さん( ソプラノ:木下 美穂子 テノール:上原 正敏 バリトン:成田 博之)お客さんにプッチーニの魅力が充分伝わったと思う。後半も東フィルの魅力が全開。皆さんありがとうございました。


ところでプッチーニのスコアはものすごく官能的で才気にあふれ鳥肌が立つくらいだ。

プッチーニはものすごいプレイボーイで有名だった。ほとんどの演奏旅行には奥さんを連れて行かなかった。また、奥さんは嫉妬に狂って、同じ街に住む愛人だと疑った若い女性をいじめぬいてその女性は自殺してしまったくらいだ ・・・。 いやはや ・・・・・・・・

たまには夫人とお2人の写真を!

ちなみに僕はこう見えて演奏旅行にはなるべくカミさんに来て欲しいと思ってる ・・・


 それでは皆さんコンサートでお会いしましょう!


    藤岡 幸夫


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