2006年5月18日に梅田ハービスENT店で開催した 【吉松隆フェア】スペシャルイベント「藤岡幸夫トークイベント」の模様を、作品解説としてまとめてみました。当日は吉松作品の素晴らしさもさることながら、藤岡さんの吉松さんに対する情熱と愛情にやられっぱなしでした。これを読めば絶対に全てのアルバムが聴きたくなるハズ! ■なぜ吉松作品をシャンドスで録音することになったのか 僕は、渡邉暁雄という日本を代表する指揮者の方に可愛がられてました。渡邉先生には「我々音楽業界の人間はモーツァルトやベートーヴェンなど過去の作曲家で飯を食ってるんだから、その恩返しを今の作曲家にしないといけない」ということを常に言われてました。それでヨーロッパに留学する時に「日本の作曲家の事を知り尽くしなさい」と言われて留学前に日本の作曲家の楽譜やレコードを買い込んだんです。だけど、どれもいわゆる“現代音楽”で訳わかんない作品ばっかりだったんですよ。 その時はまだ吉松さんの事を知らなかったんだけど、留学してから日本のレコードを取り寄せた中に、吉松さんの「朱鷺によせる哀歌」という曲があったんです。その時は9月で寒かったんだけど、ストーブのない部屋で「朱鷺によせる哀歌」を聴いて涙が出てきたんだよね。本当に。その時に僕は「この人に人生の全部はもったいないけど、半分は懸けよう」と決心したんです。 それから3年後ぐらいにロンドンのプロムスでデビューした時、たまたまシャンドスの人が聴きにきてて「サチオ、お前が好きな曲を何でもいいから録音してやる」と言われたんです。それで周りには「サチオは『悲愴』が得意だから『悲愴』やれよ」とか「『春の祭典』が得意だからやれよ」とか言われたんだけど、僕は「吉松隆を録らせて下さい」と言ったんです。でもシャンドスの人は吉松隆のこと知らないわけ。まだ日本でしか知られてない作曲家だったから。「ヨシマツってのはグッド・コンポーザーなのか?」って聞かれたから「グレート・コンポーザーだ」って言ったら、僕のその一言を信用してくれて録音することになったんです。
これは1枚目のアルバムです。交響曲第2番「地球にて」を録音する時には、僕と吉松さんは全く面識がなかったんです。当時吉松さんはある程度作曲家として名前が出ていたけど、僕は日本では全然デビューしてないから、吉松さんは僕のことを全く知らなかったんですよ。このレコーディングの前日にマンチェスターで会ったのが僕と吉松さんの初めての出会いでした。 この曲は本当はチェロ協奏曲になるはずだった曲なんです。第2楽章は非常にシンプル。吉松さんの音楽は非常に情熱的な部分があるかと思えば、この楽章みたいなものすごくシンプルな、余計な音が一切ない最小限のオーケストレーションでひとつの世界を作れちゃう。そうかと思えばパーカッションが大活躍したりする曲があったりとか、非常に色彩感というかコントラストが素晴らしい。吉松さんの曲は本当にどれも素晴らしいですね。 ■朱鷺によせる哀歌 交響曲第2番「地球にて」のカップリングに「朱鷺によせる哀歌」が入ってるんですけど、これはBBCフィルで初めて録音した時、最初のテイクを聴き終わったとたんに何人かのプレーヤーが泣いてたんですよ!「うわー、わかってくれたんだ!」って思って、それは最高でしたね。でもこの曲はある意味、初心者向けではないかも知れませんね。
この曲は4/1拍子とか4/9拍子とか4/6拍子とかすごい変拍子が出てくるんです。聴くと変拍子だってわからないんだけど、指揮者にとっては変拍子ってむちゃくちゃ大変なんですよ。何でこんなに変拍子なんだろうって思ってたら、この曲を献呈したピアニストの田部京子さんの生年月日を並べただけだったんですよね。「ふざけんなよ」って思ったね(笑)。この曲はかつてフィギュアスケートの恩田さんが使ってました。ホテルの部屋で世界選手権見てて「何か聴いたことあるなぁ〜」と思ってたら僕のCDだったという(笑)。 ■鳥は静かに... 実はこの「メモ・フローラ」のアルバムには隠れた名曲がありまして。「鳥は静かに...」という曲なんですが、これは最高です。関西フィルでももう数多く演奏してるんですよ。僕が海外に行って吉松作品を紹介する時には必ずやる曲です。みんな喜ぶんですよ。最後に入っている「白い風景」も名曲です。すごく綺麗に色んな雪が見えるんです。交響曲第3番がめちゃめちゃ男っぽくて情熱的でめちゃテンション高いのに比べたら、このアルバムは癒し系というか女性的ですね。
僕がお勧めなのは何と言っても交響曲第3番です。彼が書きたくて書きたくてしょうがなかった、“現代音楽”とは全く違う交響曲、しかもそれを藤岡幸夫のイメージで書いてくれたのが交響曲第3番です。この曲は僕に献呈してくれました。彼の僕のイメージっていうのは映画「七人の侍」の三船敏郎の役なんだって。だからものすごく黒沢明の作品を彷彿とさせるような、大河ドラマを彷彿とさせるような交響曲なんです。恥ずかしいんだけどね。真ん中で出てくる日本風のメロディなんか「恥ずかしぃ〜」と思いながら振ってるんだけど(笑)。でもすごく日本的でメロディアスで、しかもカッコイイの。黒沢明と大河ドラマとシベリウスとチャイコフスキーが全部ごっちゃになった感じで、これは吉松の真骨頂ですね。 とにかくすごく情熱的な交響曲。ロックですよ。吉松さんはプログレッシブ・ロックというものにすごく影響を受けた人なんです。イギリスでは日本と違ってロックっていうのは位が高いものなんですよ。だからオーケストラも「これ最高だよ!」とか言ってノリノリでやってくれるんです。 カップリングのサイバーバード協奏曲っていうのがまた大傑作なんです。サキソフォンの須川さんも素晴らしいし。この曲は須川さんはEMIで既に録音してたんですよ。でも僕はEMIの録音はよくないと思ってたわけ。指揮者が俺だったら俺の方が全然いいよって思ってて、もう1回とり直させてくれって言ったんです。だからサイバーバードは須川さんも素晴らしいし、みんな喜ぶし絶対いい音がとれるとわかってた。 一方この交響曲第3番は誰も演奏した事がなくて、レコーディングの時の練習で初めて音にしたレコーディング初演だったんです。吉松さんは自分は交響曲の作曲家でありたいから、自分の中で交響曲第3番はサイバーバードに負けたくないの。サイバーバードはうまくいくってわかってるから「須川さん、あっちいってて。いいのはわかってるんだから」みたいな感じで、僕と吉松さんはもう交響曲第3番をどうするかだけを考えてたんです。楽譜も初演だから最初の練習で100個以上の音の間違いとかあるしね。この曲に関してはコンピューターは使ってないんでスコアも手書きだったんですよ。 それでまた指揮台に戻ってオケのみんなに「もう1回やらなきゃいけないらしいよ」って言って。みんなその頃には結構怒っちゃって「わかったよ、もう1回やりゃいいんだろ!本気で壊すよ」って言ってて。だから途中壊れてるんです。最後に盛り上がるところとかみんな狂ったように演奏して、僕が狂ったように煽って途中でテンポアップしてるんですよ、このテイクは。その辺は完璧に壊れてんの。そしたら終わったら吉松さんニコニコで「こういうのが欲しかったんだよ俺は!綺麗なアンサンブルなんて聴きたくねぇ!」って。 この曲を指揮するのはめちゃくちゃしんどいんですよ。「もう俺はこのまま死んじゃうんじゃないか」ぐらいしんどい。吉松さんが必ず聴きに来るでしょ。そうすると「藤岡!お前ロックシンガーになれ!」「ハイッ!」とか言ってやるわけですよ。ロックシンガーみたいになって「しんどいな〜」とか思いながら振ってるんです(笑)。交響曲第3番は多分死ぬまでにあと2〜3回しかできないと思うな。後は活きがいい若い指揮者を見つけて「僕の代わりに振ってね」って言って振ってもらおうかなと思ってるんです。 ■サイバーバード協奏曲 サイバーバード協奏曲は吉松さんを知ってもらうためには、絶対に聴いてもらわなきゃならない作品ですね。吉松さんには妹さんがいらしてね、妹さんとめちゃくちゃ仲良かったんですよ。変な意味じゃなくて、兄妹として、普通のきょうだいよりもはるかに愛し合ってた。その妹さんがガンで亡くなるってわかってた時に、この曲を書き始めたんですよ。ちょうど第2楽章を書いてる時に妹さんは亡くなられたんです。亡くなられる前に「私が次に生まれ変われるなら鳥になりたい」って吉松さんに言ったのが最後の言葉だったんです。その時に病院の枕元で書いたのが第2楽章です。これは本当に泣けるんですよ。
実は僕は交響曲1番が大好きなんです。今までも色んなところで演奏しています。吉松さんの最初の交響曲で、この第1楽章は吉松さんが17歳の時に書いた曲です。この曲は最後静かに終わるんですよ。最初のCDの録音で吉松さんに会った時に、その頃僕はまだ若造だったから「何で静かに終わるの。もっと派手に終わった方がよかったんじゃないの?」とか言ってたんだけど、段々後になってからよくなってきて。吉松さんにとってはシベリウスは神様なんですよ。この曲は「シベリウスが神様なんだな」っていうのがわかるし、指揮しててものすごく恍惚感があります。 一番最初に「ジョーズ」みたいなところ(コントラバスの低音のおどろおどろしい音)があるんだけど、おどろおどろしい感じで始まって、すごく綺麗な部分やロックみないな部分があって、最終楽章でシベリウスの7番みたいなトロンボーンの美しいソロがうわーって出てきて、最後のところで冒頭のコントラバスの音形が、今度はチェレスタの綺麗な音で出てくるんですよ。ここがね、指揮者的にはむちゃくちゃたまらない!これは僕が音楽で飯食ってる人間だからそう思うのかもしれないけど、聴いてる人にも、むちゃくちゃたまらなくいいのが伝わるような音は録ったつもりです。交響曲第3番を指揮するのはしんどいんだけど、この交響曲はそういうしんどさがない。カムイチカプ交響曲は僕は死ぬまで指揮しようと思ってます。 ■鳥と虹によせる雅歌 カムイチカプ交響曲のカップリング曲です。この曲を書いたのは妹さんが亡くなられた後なんですが、この曲に出てくるピアノは吉松さんの妹なんだよね。妹さんが天国で幸せにピアノを弾いてる様子です。すごくシンプルで綺麗な曲です。
この第3楽章は綺麗です。アダージェットで書かれていて、マーラーの交響曲第5番にも有名なアダージェットがあるんですけど、これは綺麗ですね。第2楽章はワルツで非常に聴きやすいんですよ。第2楽章のワルツと第3楽章のアダージェットのコントラストが抜群です。交響曲第4番に関しては非常に室内楽的なアンサンブルで書かれてるんです。ひとつひとつが綺麗に組み合わさらないと曲にならない。逆に交響曲第3番は組み合わさってるものを壊さないとダメなんですよ。アンサンブルよりもテンション。でも交響曲第4番は逆。ちなみに吉松さん自身が普段最も聴くCDがこの交響曲第4番です。 ■アトム・ハーツ・クラブ組曲第1番(弦楽合奏版) これは弦楽四重奏のために書かれた、非常にロック調の曲なんだけど、それを弦楽オーケストラで演奏してるんです。この曲の4楽章、録音してるにもかかわらずみんな叫んじゃったんだよね。弦楽器のプレーヤーが「ワーッ!」とかって叫んでるテイクがそのまま使われてるんです。演奏してるうちにみんな段々ハイテンションになってきて、「ウワー!」とか騒ぎ出したんで「何だよー!?」とか思いながら振ってました。
吉松さんは交響曲第5番を書く前に「僕が交響曲第5番を書いたら、ベートーヴェンの運命みたいにジャジャジャジャーンで始める」って言ってたんです。実際、例えばマーラーでもそうなんだけど、彼の交響曲第5番の冒頭のトランペットのテーマは運命の音形なんですよ。それで吉松さんも「ジャジャジャジャーンで始める」って言ってたんだけど、僕は「ウソつけ〜」って思ってたわけ。でも本当にジャジャジャジャーンで始めてるんですよね(笑)。またこれが振るの難しいんだ、5拍子で。勘弁して下さいよっていうぐらい難しいの。初演でスコア見た時に「ふざけんなよ」って思ったよ(笑)。 で、この第4楽章はビートルズなんですよ。吉松さんに「恥ずかしくて振れない」って言ったんです。「ビートルズでしょ、これ」って。そしたら吉松さんは「バカヤロー!人間なんて恥ずかしいものが気持ちいいんだ!ちゃんと振れ!」って怒られて。で、3日間練習があったんだけど、最初の1日目に通しただけで、あとはその部分はリハーサルしなかったんです。要するに毎日毎日これをリハーサルしてたら僕も恥ずかしくて振ってられないし、本番の時にテンションが下がるだろうなぁと思って。だから本番まで本当にビートルズ調の恥ずかしい部分は一切リハーサルしなかった。それで本番だけそこをやったんだけど、そうしたら確かに演奏してる方も指揮してる方もすごく気持ちいいんですよ。 その後にこの交響曲のレコーディングだったんですけど、それも最初に1回テイクとった後は一切リハーサルしないで、次に録りますって言って録ったのがCDに入ってるテイクなんです。この第4楽章はビートルズ世代にはたまんないですね。
これは関西フィルで初演した曲です。僕は昔から吉松さんに「次はチェロ協奏曲を書いてよ」って言ってたんです。ヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲はたくさんあるんだけど、チェロ協奏曲ってないんですよ。だから「吉松さん、チェロ協奏曲書いたら色んな人が演奏してくれて儲かるかも知れないよ」ってずっと書いて書いてって言っててやっと書いたのがこのチェロ協奏曲です。第2楽章は非常に東洋的でね、吉松さんがソリストに向かって「like BIWA!(琵琶みたいに弾いてくれ!)」って言ってるんだけどさ、イギリス人に向かって琵琶みたいに弾けなんて言ったって弾けないですよ。だから吉松さんは琵琶のCDを探してきて、これでやってくれって。ソリストのピート(ピーター・ディクソン)はほとんどノイローゼ状態で、次の日の朝に「琵琶が耳鳴りしておかしくなりそうだ!」とか言ってました(笑)。 僕が吉松さんってすごいなと思ったのは、普通チェロ協奏曲ってオーケストラのチェロは活躍しないんです。チェロがソリストだから。それが何とバトルをやらせてるんですよ。ソリストと後ろのチェロが一斉に歌い出すパートがあって、それが抜群なんですよ!吉松さんすごいなと思って。この曲は非常に東洋的な部分と西洋的な部分が混ざってます。 ■鳥たちの時代 この曲は、僕は吉松さんが書いた曲の中でも傑作中の傑作だと思ってます。若い頃の作品なんで非常に現代音楽っぽくて、もしかしたら一般受けはしにくいかもしれないけど、僕が最も大切にしている曲が「鳥たちの時代」です。この曲のCDは色々出てるんだけど、吉松さんはこの演奏が一番いいって言ってくれて。実は僕も今まで録音した吉松さんの作品の中で、自分自身一番気に入ってる演奏です。交響曲第3番は若さとか勢いとか、その時にしかできない情熱だとかがあるんだけど、トータルバランスで僕自身が一番よく出来たなと思ってるのが「鳥たちの時代」なんです。 (構成・文責:柳楽 正人) |